卒論完全終了

やっと卒論が終った。あの程度の論文で大学を卒業するのはちょっと心苦しい。論文を書いているときに思いついたアイデアを取り込んでいれば、もう少しまともになったと思うが、いかんせん遅すぎた。ただ、そのアイデアも似たアイデアはすでに出されていたので、まったく同じものもやられている可能性は高いだろうから、結局は今の論文レベル以上のことは書けないのかもしれない。
CiteseerGoogle Scholarのおかげで自分の考えたアイデアが既にやられているかどうか調べるのは簡単になった。研究者にとって新規性は必須なので、これはありがたいのだろうが、卒論生にとってはこれは苦痛だ。既にやられているアイデアだと知りながら卒論を書くのは精神的にきつい。それが、例え自分で思いついたものであっても。だからといって、そうそうアイデアなんか出るものでもない。というか、出たとしても、それも既にやられているのだ、ほとんどの場合。
そんなことを繰り返していると、「学部生が新規なアイデアなんか考えられない。もし、誰もやっていなかったら、それは研究する価値がないのだ」と考え始め、自分の研究の新規性のなさをある意味で正当化する。だからといって、既にやられていることをやるのは気が引けるので、論文の調査をやらなくなる。「どうせ卒論をちゃんと読む人は研究室の人くらい。専門外の人にはよく分からないだろうから、卒論発表会も問題なし」という感じで、どんどん卒論の質が低くなる。
どうやら、オレは研究者に向いていないようだ。大学院ではなく就職にしたのは正解だったのかもしれん。